実は、10代で矯正治療を開始すると、成人してから矯正治療を始めるのでは、かなり状況がかわってきます。
たとえば、治療の痛みや、治療期間、場合によっては治療方針(または、治療計画)も大きく異なってくる可能性があるのです。
なぜなら、10代と誠二とでは、実は矯正治療の際の身体の反応が大きく異なることが関係してくるのです。 ここでは、成人の矯正治療における10代とはことなる特徴について説明します。
成人になって行う矯正治療
矯正治療で歯を動かす際には、ワイヤーやゴムなど、何らかの矯正器具を用いて歯にチカラを加えます。しかし、その加えたチカラに反応するのは、歯ではなく、実は、歯の周囲にある骨の方です。
歯にチカラを加えると、破骨細胞(はこつさいぼう)や造骨細胞(ぞうこつさいぼう)という「骨の作り変えを行う細胞」が、歯の根の周囲に集合します。そして、歯が動く方向に向かって、骨の作り変えを行うのです。
たとえば、雪がたくさん積もった雪道を、クルマで動こうとしても、雪があって動くことができません。除雪車が先導して、クルマが進む方向の雪をあらかじめ取り除いておく必要があるのです。
矯正治療における歯の動きについても、同様のことが言えます。歯が動く際、移動する側の骨をつくり換えながらしか、歯は動くことができないのです。
しかし、成人のアゴ骨の細胞を観察すると、10代の頃ほど活発ではありません。それは、成人になると、身体の成長がすでに終了している状態だからです。結果、成人になって矯正治療を開始すると、10代で開始するのとは違う2つの特徴があることが分かっています。それは、「治療中の歯の動き」と「治療中の歯の痛み」についてです。
治療中の歯の動き
成長期の矯正治療では、破骨細胞や造骨細胞が、歯の周囲に多くしかも簡単に出現します。そのため、10代の矯正治療では、歯の動きが非常にスムーズなのです。
しかし、成人期では、矯正治療の際に歯にチカラを加えても、歯の周囲に歯のつくり換えを行う細胞がなかなか集まりにくいという特徴があります。そのため、成人期の矯正治療では、歯が非常に動きにくいことがあるのです。
その際、歯をはやく動かそうとして、大きな加えることは非常に危険です。なぜなら、「歯根吸収(しこんきゅうしゅう)」と呼ばれるトラブルが発生する心配があるからです。
歯根吸収とは、矯正治療中に歯の根が溶けて短くなる現象です。骨のつくり換えを行う細胞が不十分な状態で、歯に強いチカラを加えると、歯の根を破壊する破骨細胞(はこつさいぼう)が優位に働くからです。
たとえば、雪がたくさん積もった雪道を、クルマで強引に進もうとすると、クルマに傷をつけたり、壊れたりします。クルマを傷つけたり、壊したりすることなく動くためには、除雪車を先導させて、クルマの前に障害物のない状態をつくる必要があるのです。
矯正治療でも、歯がスムーズに動くためには、骨の作り変えを行う細胞が除雪車と同じように、歯が動く方向に向かって先に骨をつくりはじめる必要があるのです。
そのため、歯が動きにくい状態であっても、不用意に強いチカラを歯に加えたり、引っ張ったりしてはいけないのです。このように、成人期の矯正治療では、10代に行う矯正治療と比べて歯が動きにくかったり、そのため治療期間が長くなりやすかったりする特徴があるのです。
成人になって矯正治療を始めた場合、10代で矯正するのと比べて「歯の動きが遅い」ということが特徴として挙げられます。
治療中の痛み
次に挙げられるのが、「矯正治療中の痛み」についてです。
矯正治療を開始すると、たとえ10代に治療をはじめた場合でも、必ず痛みが発生します。そして、その痛みは、歯が動き始めるまで続きます。
なぜなら、歯の痛みを感じる神経は、歯の根と骨の間にある歯根膜(しこんまく)という部分にあるからです。そして、この状態は、あなたが積もった雪とクルマの間に挟まれているのと同じなのです。クルマに押しつぶされないようにするためには、除雪車があなたの前にある雪を取り除く必要があります。
矯正治療中の歯の痛みがおさまるためには、骨の作り変えを行う細胞が除雪車と同じように、骨を取り除く必要があるのです。そして、歯の根と骨の間にある歯根膜に、極端なチカラが加わらないようにすることが必要なのです。
このように、成人になって矯正治療をはじめると、10代の時にはじめた時にくらべて、骨の作りかえをスムーズに行うことができません。そのため、歯根膜に強いチカラが加わり、歯の痛みを強く長く感じることが多いです。
ただし、矯正治療で発生する痛みは、ムシ歯の際に発生する激痛とは異なります。矯正治療の痛みは、歯を噛み合わせた際にだけ感じる痛みです。さらにいうと、成人の場合でも、1週間ほどでおさまることが一般的です。
そのため、10代で矯正治療をはじめる際よりも、痛みの強さが強かったり、痛みが長く継続したりする傾向はあるものの、過剰に心配する必要はないでしょう。
まとめ
成人になって急性治療をはじめると、歯が動きつらかったり、歯の痛みを感じたりする傾向が強いことが分かっています。
しかし、矯正治療中に発生する痛みは、上下の歯を噛みしめた時に発生する痛みです。ムシ歯のときの痛みのように、常に激しい痛みを感じることはなく、1週間ほどで徐々に落ち着くことがほとんどです。
そのため、これから矯正治療を考えている方も、想像だけで過剰に心配する必要はないでしょう。
事実、わたしのクリニックでも、成人して矯正治療を開始する方がたくさんいらっしゃいます。しかし、矯正治療中の痛みが原因で、治療を中断したり、矯正治療を完了できなかったりした方は1人もいないのです。