わたしたち歯科医が、患者さんに矯正治療をオススメする際の理由として、大きく2種類の理由があります。最初に挙げられるのが、「審美的な理由」です。
たとえば、出っ歯があることで、その人の口元の様子が大きく改善すると思われるケースでは、矯正治療することを積極的に提案するようにしています。
もう1つは、「機能的な理由」です。歯並びや噛み合わせの問題により、通常の機能が邪魔されているもしくは、異常な機能が行われていることが確認されるケースです。
このように正しい機能が行われない状態がつづくと、後に大きなトラブルが発生することが心配されるからです。このような機能的な理由から、矯正治療が必要と判断される噛み合わせの1つに、「過蓋咬合(がかいこうごう)」があります。
過蓋咬合は、一見正常な噛み合わせに見えますが、後に問題を起こしてくる噛み合わせの1つです。ここでは、過蓋咬合と、それによって発生するトラブルについて説明します。
過蓋咬合とは
過蓋咬合(または、ディープバイト)とは、極端に深い噛み合わせのことです。中には、上の歯が覆いかぶさって、下アゴの歯が完全に隠れてしまうくらい噛み合わせが深い方もいます。
このような深い噛み合わせは、一見するとキレイな歯並びで、何の問題もないように見えます。しかし、上アゴが下アゴに茶筒のようにはまり込んでいる状態の過蓋咬合では、実は、「顎関節」と「奥歯」に過度のチカラが加わっているのです。
そして、このように異常なチカラが加わった状態が続くと、後にさまざまな悪影響がでることが心配されます。そのため、過蓋咬合の人こそ、機能が正しく働く矯正治療を行うべき噛み合わせなのです。
過蓋咬合による実際の悪影響
顎関節症
上下アゴの間にある顎関節は、蝶つがいに例えることができます。みなさんも御存知のように、扉や携帯電話などにある蝶つがいは、非常にデリケートな部分です。
適切にあつかった場合でも、調子がおかしくなることがあります。ましてや、異常なチカラが加わる格好で開け閉めを繰り返せば、当然、蝶つがいは間違いなく壊れてしまいます。
過蓋咬合の状態では、歯をしっかり噛みしめると、上の前歯に誘導されて、下アゴが後方に押し込められる格好になります。そして、加わってはいけないチカラが、顎関節に働いてしまうのです。
さらに、過蓋咬合の特徴として、通常の噛み合わせの場合よりも「噛むチカラが強い」ことが挙げられます。そのため、関節に加わるちからは、顎関節に加わるチカラはさらに大きくなるのです。
実際に、過蓋咬合では顎関節症を訴える人の割合が高く、またその時の症状も深刻であるケースが多く見られます。また、そのような患者さんの顎関節をCT画像でみると、関節が何かで切ったように平坦になっている場合が多く見られるのです。
奥歯の破壊
「反射(はんしゃ)」という言葉を、みなさんは聞いたことがあると思います。先が尖ったものや、熱いものに触れた瞬間に、無意識に手を引いてしまう現象です。
このような反射が、口の中でも重要な役割を果たしています。たとえば、重たいものを持ち上げる際、歯の食いしばって起こる反射です。
噛みしめに関する反射センサーは、前歯に備わっています。前歯に一定以上のチカラが加わると、それ以上大きなチカラで強く噛むことはできません。
しかし、深い噛み合わせのタイプでは、このような前歯の役割がまったく機能しません。なぜなら、上下の歯を噛み合わせた状態では、前歯は前後にすれ違っているからです。
この状況は、奥歯にとって非常に危険な状態ということができます。なぜなら、そのため、前歯の反射が機能せず、奥歯には通常よりも大きなチカラがダイレクトに加わるようになるからです。
実際に、過蓋咬合だと、虫歯治療で詰めたプラスチックや被せた金属が頻繁に壊れたり、歯を噛み割ったりするケースが通常より多いようです。そのため、過蓋咬合では、奥歯を早期になくしている人の割合も通常より高いことが分かっています。
実際に、過蓋咬合を治療した事例
以前、わたしが運営するクリニックに、過蓋咬合の治療を希望する女の子が、矯正相談にきました。
女の子の歯並びは非常にキレイな状態でした。しかし、「噛み合わせが深い」ことを、かかりつけの歯科医院で指摘されたため、心配した母親が連れてきたのです。
女の子の顎関節は非常にキレイで、顎関節症の症状も全くありませんでした。しかし、女の子は矯正治療をすぐに開始する ことを希望したのです。
実際の矯正治療では、ブラケット(または、矯正器具)を全体の歯に貼りつけて治療を行っています。そして、矯正治療を始めて14ヶ月後には、予定どおり前歯の噛み合わせを浅くすることができました。
歯並びと噛み合わせがキレイに整った様子をみて、女の子も母親も非常に喜んでいます。
まとめ
過蓋咬合は、一見キレイな歯並びに見えますが、矯正治療が必要な噛み合わせです。なぜなら、過蓋咬合の状態で放置すると、後に顎関節や奥歯に問題を起こすリスクがあるからです。
よって、自分も「過蓋咬合だなあ」と思う方は、過蓋咬合の治療において実績のある歯科医院を見つけておくことが重要です。
そして、そのような過蓋咬合における適切な診断が行える歯科医院を見つけたうえで、矯正相談にいくようにしてください。