小さい頃に「友達の頭が前歯にぶつかった」とか、「転んで歯を強くうった」という記憶はありませんか? 過去にこのような外傷を受けた歯には、何らかのダメージが残っている心配があります。
このような外傷の経験がある歯に、矯正治療でチカラを加えると、思わぬトラブルが発生することがあるので注意が必要です。
ここでは、小さい頃に受けた外傷が原因でおこる矯正中のトラブルについて説明します。
歯根膜の役割
歯の根は、骨と直接くっついているわけではありません。その間には、「歯根膜(しこんまく)」という層が介在し、歯は骨の中でたくさんのコラーゲン線維(または、靱帯)によってつり上げられ、中に浮いた状態になっているのです。
この歯根膜は、矯正治療において非常に重要な役割をはたします。なぜなら、矯正治療は、この歯根膜に存在する「骨の造り替えを行う細胞」の働きを利用するものだからです。
つまり、「骨を造る造骨細胞(ぞうこつさいぼう)」と「骨を壊す破骨細胞(はこつさいぼう)」のそれぞれが、バランス良く働くことで、矯正治療中の歯はスムーズに動くのです。
外傷後の歯根膜のダメージ
外傷を受けた際、歯根膜は非常にダメージを受けやすい場所です。なぜなら、外傷が加わった際のチカラを、すべて受け止める場所だからです。
強い外傷を受けた際に心配されるのが、「歯と骨との癒着(ゆちゃく)」です。外傷によって、コラーゲン線維が大きく破壊され、歯と骨が直接くっついた状態になってしまうのです。
そして、この外傷によって起こった癒着が、将来矯正治療を行ったときに、思いがけないトラブルを招いてしまう心配があるのです。
歯根の吸収トラブル
矯正治療における歯の移動は、歯根膜の中にある「骨の造り替えを行う細胞」の働きによってスムーズに行われます。しかし、外傷によって、歯根膜が失った部分には、これらの細胞は存在しません。
そのため、矯正治療で歯にチカラを加えた場合、造骨細胞と破骨細胞が、それぞれバランスよく機能することはできません。癒着がおきた歯の周囲では、破骨細胞が優勢に機能してしまうのです。
そのため、矯正治療で歯を動かそうとチカラを加えた際、歯を支える骨の部分だけではなく、歯根を破壊するということが同時に起きてしまうのです。
これは「歯根吸収(しこんきゅうしゅう)」と呼ばれるもので、歯の根が短くなってしまうトラブルです。特に著しい場合は、歯根が極端に短くなってしまうケースがあるので注意が必要です。
実際に、歯根吸収が起こった事例
以前、私が運営するクリニックに、出っ歯の治療を希望する高校生が矯正相談にきました。高校生になって、自分が出っ歯ぎみであることが気になりだしたのです。
そこで、私は犬歯の隣にある小臼歯を抜歯して、上アゴの前歯を引っ込める矯正を提案することにしました。なぜなら、矯正治療に必要な検査の結果、上アゴの前歯が大きく前傾しているタイプであることが分かったからです。
そして、この検査の際に、もう1つ分かったことがあります。それは、前歯の歯根が非常に通常よりも短いことです。そのため、彼にもう一度話を聞くと、子どもの頃に上アゴの前歯を強くぶつけた経験があることが分かりました。
そのため、矯正治療を行う際に、歯根吸収が起こるリスクが高いことを説明したうえで、矯正治療を開始することにしました。
実際の矯正治療は、上アゴの前歯を引っ込めることによって、予定どおり出っ歯を改善することができました。しかし、レントゲン写真を確認すると、歯根吸収が起こっている様子が確認できました。
出っ歯は改善したことで、彼は満足しています。上アゴ前歯の歯根吸収については、定期的に経過観察を行っていますが、特に支障はない様子です。
まとめ
外傷を受けた経験がある方は、矯正治療を開始する際には、主治医に事前に伝えることが大切です。なぜなら、矯正治療中に、歯の変色トラブルが発生する危険性があるからです。
外傷の経験がある方は、トラブルが発生した際にも適切に対応してくれる歯科医院を、選択することが重要です。そして、そのような安心して治療を受けられる歯科医院を見つけたうえで、矯正治療を開始するようにしてください。