すでに顎関節症に悩んでいる方、特に若い女性にはその割合が比較的多いです。そのため、顎関節症の治療を希望して、矯正相談に訪れる方も少なくありません。
顎関節症の治療としては、まずスプリント療法(または、マウスピース治療)や行動療法(顎関節症の原因となった悪習慣や癖などを自覚する)など患者さんに侵襲が少ない治療から始めるべきです。
顎関節症治療のガイドラインにあるように、いきなり矯正治療から始めるべきではないと私も考えています。なぜなら、顎関節の問題はデリケートであり、症状が必ず改善するとは限らないからです。
しかし、症状が進行するタイプの顎関節症については、矯正治療を開始することは非常に有効です。なぜなら、顎関節症の悪化を予防することが可能だからです。
ここでは、矯正治療によって症状の改善が期待できる顎関節症のタイプと、その治療方法について説明します。
マルチループ矯正の特徴
マルチループ矯正とは、複数の曲げが加えられたマルチループワイヤーを用いて行う矯正治療です。複雑に曲げられたワイヤーを用いることによって、個々の歯を自在に動かすことができます。
また、マルチループ矯正には他の矯正治療法とは異なる特筆すべき特徴があります。それは。「下アゴの移動」です。
他の矯正治療法が、歯の位置を変更することで、噛み合わせを整える治療であるのと比較して、マルチループワイヤーを用いる矯正法では、下アゴの位置を変化することで、噛み合わせを整える治療だからです。
顎関節症がある患者さんの矯正治療
マルチループ矯正が有効な顎関節症
顎関節症を大別すると、「顎関節内部に問題があるタイプ」と「筋肉に問題があるタイプ」の2つのタイプに分類することができます。
このうち、マルチループワイヤーを用いた矯正治療が有効なのは、顎関節内部に問題があるタイプです。このタイプの患者さんのアゴの動きについて検査を行うと、顎関節を圧迫するようなチカラが過度に加わっていることが分かります。
そのため、単に顎関節から音がしたり痛みがあったりするだけではなく、関節が磨り減ったり変形したりするなど、深刻な状態になっていることも少なくないのです。
そのため、私のクリニックでは、このような進行性の顎関節症をもつ患者さんについては、矯正治療による積極的な対応を考えます。
マルチループ矯正を用いた顎関節症治療
顎関節内部に問題があるタイプ、中でも、関節が磨り減ったり、変形していたりする患者さんに対しては、マルチループ矯正が有効です。
マルチループワイヤーを用いた矯正治療では、奥歯の噛み合わせを高くし、下アゴを前方移動または前方へ回転することを行います。
このように下アゴを前方に移動することで、アゴの関節を浮かすことができるのです。松葉杖(まつばづえ)をつくことで、ヒザの痛みを軽減できる様子に例えることができます。
実際に、マルチループ矯正を行った事例
以前、私が運営するクリニックに、顎関節症に悩む女性が矯正相談にきました。
彼女の下アゴは非常に小さく、顎関節に非常に負担がかかる噛み合わせをしていました。そのため、かかりつけの歯医者さんが、矯正治療をすることを、彼女に強くすすめたのです。
そこで、私はマルチループ矯正を用いて、彼女の顎関節症を改善することを提案することにしました。なぜなら、矯正治療に必要な検査を行った結果、彼女の関節には過度のチカラが加わり、すでに顎関節の変形が始まっていることが分かったからです。
彼女に顎関節が変形した画像を見せると、非常に衝撃を受けたようで、すぐにマルチループ矯正を開始することを決心しました。
マルチループワイヤーによる矯正を約1年間行った結果、予定どおり奥歯の噛み合わせを高くし、顎関節を浮かせた状態の噛み方に仕上げることができました。
そのため、彼女の顎関節の変形は進行することなく、症状も安定した状態で維持することができています。
まとめ
顎関節が磨り減ったり変形したりするなどの問題がある場合、マルチループ矯正が有効です。なぜなら、顎関節への負担が軽減するように、噛み合わせを組み立てることができるからです。
ご自身の顎関節の状態を心配されている方は、まずは、マルチループ矯正が受けられる歯科医院、または顎関節症の治療に精通した歯科医院を選択することが重要です。
そして、そのような安心して治療を受けることができる歯科医院を見つけたうえで、矯正相談もしくは治療相談に行くようにして下さい。