以前の矯正治療では、患者さんは矯正用の帽子(ヘッドギア)をかぶる必要がありました。例えば、奥歯を後ろに移動させたり、奥歯が前方にずれてくることを防止したりする必要があるケースです。
しかし、ほとんどの患者さんは、この矯正用の帽子を使用できませんでした。なぜなら、この帽子が非常に目立ってしまう装置だったことと、昼間もかぶる必要があったからです。
このような問題を解決する手段として、現在では矯正用の「ミニインプラント」があります。このミニインプラントを用いることができるようになったお陰で、口の中だけで矯正治療を完了することができるようになったのです。
ただし、どのような治療にも欠点があります。「ミニインプラントがゆるむ」というトラブルも、その中の1つです。
ここでは、矯正用ミニインプラントを用いた治療において発生する「ミニインプラントのゆるみ」について説明します。
ミニインプラントとは
ミニインプラントとは、矯正治療で使用することを目的として、あご骨に設置する小さなネジのことです。直径が1.6mm前後、長さが7mm前後のものを頻繁に使用します。
歯と接触しない場所であれば、ミニインプラントはどの位置にでも設置することができます。そのため、以前は不可能と考えられていた方向にも、簡単に歯に力を加えることができるようになったのです。
「あごの骨に、ネジを埋め込む」と聞くと、多くの患者さんは尻込みしてしまいます。しかし、ミニインプラントは非常に小さくため、設置する際の患者さんの肉体的な負担はほとんどありません。
ミニインプラントを付けた際の患者さんでは、「あっけない」「拍子ぬけ」との感想をいう人がほとんどです。ミニインプラントは、非常に安全・安心な治療方法といえるのです。
脱離するミニインプラント
矯正用のミニインプラントは、歯を虫歯などで失った人が受けるインプラント治療で用いるインプラントとは全くことなります。インプラント治療では大きく、骨と癒着するように設計されたインプラントを用います。
一方、矯正用のミニインプラントでは細く、骨と癒着しないように設計されたインプラントを用います。なぜなら、矯正治療後に簡単に取り除けるようにすることを目的としているからです。
そのため、矯正治療を行っている途中に、ミニインプラントが動き出したり、外れてしまったりするトラブルが起こりやすくなるのです。一般的にミニインプラントの成功率は、約80パーセントです。
私のクリニックでも、ほぼ同程度の成功率です。ただし、ミニインプラントの成功率は患者さんによって、大きくことなるようです。つまり、ミニインプラントが定着しない患者さんと、定着しやすい患者さんがいるということです。
ミニインプラントの失敗の原因には、「ミニインプラントの種類」や「技術的な問題」よりも、むしろ患者さんの「骨の質」や「骨の新陳代謝」のほうが大きく関係しているからです。
ミニインプラントの脱離が多く発生した事例
私の運営するクリニックに、ごぼ口の改善を希望している女性が矯正相談にきました。その女性は、ごぼ口で突出した口元を、矯正治療で引っ込めてキレイな口元にしたいと強く希望していました。
そのため、犬歯の隣にある小臼歯を上下抜くことと、前歯を効果的に引っ込めることができるミニインプラントを用いて治療する計画を提案しました。
彼女は、そのミニインプラントを用いる方法を受け入れ、矯正治療を開始することになりました。さっそく、矯正装置を歯に付けて、ミニインプラントを装着することで矯正治療をすすめていきました。
しかし、彼女のケースでは、「ミニインプラントが、何度もゆるむ」というトラブルが発生してしまいました。矯正治療自体が終了するまでに、全部で5回のミニインプラントのやり直しを行ったのです。
矯正治療終了の際、患者さんには「口元の仕上がり」を満足してもらうことができましたが、非常に迷惑をかけてしまったケースです。
後に彼女が妊娠して分かったことなのですが、実は彼女は矯正治療を受けていた期間にも不妊治療を受けていたそうなのです。ミニインプラントの脱離のトラブルが繰り返し発生していたのは、もしかするとホルモンの影響だったのかもしれません。
不妊治療では、女性ホルモンの量が大きく変化します。女性ホルモンは、骨の新陳代謝に大きな影響を及ぼすホルモンです。
そのため、女性ホルモンの量が変化し、ミニインプラントの安定に影響する可能性があるからです。
まとめ
ミニインプラントの失敗が続く場合でも、位置をずらしたり、場所を変えたり、ミニインプラントの種類を交換したりしながら、矯正治療をすすめていきます。
患者さんには嫌な思いをさせてしまいますが、ミニインプラントのやり直しを行うことで、矯正治療自体は無事に完了することができるので、ひどく心配する必要はありません。
私の運営するクリニックではミニインプラントのやり直しについて、別途費用を頂くことはしていません。しかし、やり直しの費用については、各クリニックで対応がさまざまです。
ミニインプラントが必要になる患者さんは、「やり直し費用」について事前に主治医に確認しておく必要があります。確認したうえで、対応の適切な歯科医院を選択する必要があります。